新しい明日
夕暮れブランコ
お昼寝から目が覚めたら
なんだか息苦しくて
部屋の中の空気がうまく吸えない
あれ
あれに似てる
酸素が少なくなった水槽で
口だけ水の上に出してパクパクしている金魚
あわてて前髪をピンで止めて
ジーンズをはいて外へ飛び出した
会社帰りの人にさからって
ゆっくり歩く
深呼吸しながら
夕暮れが始まって
向こうの曇り空もほんのり赤くなる
やっぱり
ちゃんと歩けない
公園のベンチに腰かけて
ふと横を見ると
ブランコ
だあれもいない
ブランコは待っているのに
そっ と腰かけて
ゆらゆら
揺れてみた
一回
二回
小さく揺れるブランコ
地面を蹴って
三回
四回
ちっぽけなわたしも
ブランコに乗ったら空まで届きそう
緩い風が強くなって体に当たる
ノースリーブの肩が冷たくて
反対に頬が赤くなる
小さい頃は毎日乗っていたブランコ
なんにも考えず楽しくて
思いっきり漕いで鳥になった
思いっきり漕いで光になった
あの頃
空気
美味しかったなぁ
やっと静まった息苦しさにホッとしながら
ブランコから見える街を見渡してみる
それぞれの家に灯りがともり
開け放たれた窓から子供の笑い声が聞こえる
これからみんなで夕ごはんかな
みんなみんな
優しい夜を過ごせますように
さぁ
帰ろう
わたしだけが待ってる家へ
ただいま
おかえり
亀は万年
亀がほしい
息子がおねだりしたのはいつだったかしら
ある日三匹の亀をおみやげに
お爺ちゃんが遊びに来た
心のなかで
わぁいらないのに
と思ったけど
ありがとうございます!と
笑顔で亀達を受け取った
三歳の息子は大喜び
一週間くらいね
水槽の中にじっとしてるだけの亀に
息子はすぐに飽きて
話しかけもしなくなる
当然 亀のお世話係はわたししかいない
餌をやって
お水を替えて
ふぅ
ちゃんとお世話したつもりだったけど
すぐに二匹は天国に召されてしまった
息子は泣きもせず
もちろん残った一匹を
可愛がることもせず
変わらずわたしは亀のお世話係
亀はどんどん大きくなり
息子もどんどん大きくなって
今度は犬がほしい
と言い出した
犬ならわたしもほしい
我が家に仔犬がやって来た
仕事して
息子を育てて
犬のお世話してたら
一日はあっと言う間
亀はだんだん忘れられていく
もちろんご飯もあげたしお水も替えた
たまに見つめると
嬉しそうに寄ってくる
可愛くないわけじゃないけど
可愛くてたまらないわけじゃない
それでも亀はどんどん大きくなって
水槽が狭くなってきた
大きい水槽に移してみたら
また亀はどんどん大きくなって
水槽が狭くなる
亀って水槽大きくすると
それだけ大きくなるのよ
友達の言葉を信じて
それ以上大きな水槽には移さなかった
でも亀はどんどん大きくなって
水槽が窮屈そうになってきた
そんなある日
近所のおばさんが家に遊びに来た
そして亀をじっと見て
可愛いねーと言った
良かったらあげますよ
わたしが言うと
えっ!本当?
えっ!本当に?
びっくりしたのはわたしだった
ごくごく普通のミドリガメですよ
いいのいいの亀好きなのよそれに…
おばさんは遠慮がちに言った
もっと大きな水槽で育ててあげなくちゃね
動物好きで有名なそのおばさんに
亀はもらわれていった
息子はふーん良かったじゃんと言った
わたしは亀の水替えから解放されて
ホッとした
我が家にいるより幸せだもん
さよなら
亀
だあれも名前をつけなかった亀
可愛がられるんだよ
バイバイ
道でたまにおばさんに会う
亀元気よっ
すごく可愛いの‼
酸素付きの大きな水槽を買って
餌は鳥のささ身を食べさせてるらしい
我が家では
亀のえさ
を食べさせていた
あぁ
亀
幸せになったんだね
そのうち
噂が聞こえてきた
あのおばさん
亀を散歩させてたよ
亀の首に紐をつけて
お散歩させてくれてるらしい
亀ってのろいんじゃないのか
散歩ってどうやるのかしら
でも甲羅干しにはいいのかも
不思議だったけど
まぁ亀は幸せなんだろうと思った
何ヵ月かして
また道でおばさんに会った
亀元気よー!
すっごく可愛いの‼
聞くと
夜一緒に寝てるらしい
亀って
お水から出していいのか?
この前は生ハムをあげたのよ‼
亀って
塩分あるもの食べさせていいのか?
ある夜 夢を見た
亀が我が家に戻ってきていた
狭くなったあの水槽の中で
亀は元気に泳いでいた
泳ぐほどのスペースもそんなにないのに
元気いっぱい泳いでいた
わぁ亀
家に戻ってきたんだね
そう言ってわたしが近づくと
亀はわたしの方に顔を向けて
嬉しそうに本当に嬉しそうに
わたしの顔をまっすぐ見ていた
変な夢・・・
亀
元気かなぁ
道でおばさんに会った
久しぶりだった
おばさんはわたしを見ると駆け寄ってきた
亀 死んじゃったのよ
え? いつですか・・・
ちょうどわたしが亀の夢を見た頃だった
亀は帰りたかったのかな
狭い水槽でただじっとしている毎日で
毎日おんなじ亀のえさを食べて
それでも
小さな頃から聞こえていた
わたしの声を聞きながら
息子の足音を聞きながら
亀は
育てられた家に
帰りたかったのかな
亀を大切に飼ってくださって
ありがとうございます
わたしはおばさんに頭を下げた
ううん
あんなに可愛い亀をくれて
本当にありがとうございます
おばさんも深々と頭を下げてくれた
わたしの育てた15年と
おばさんに可愛がられた10年
亀はどっちが幸せだったのかしら
聞くことなんて出来ないけれど
もっともっと
可愛がってあげれば良かった
亀のことを想ってわたしは
はじめて泣いた
亀は万年って嘘でした
25年生きて
お空へ還っちゃった
さよなら
ごめんね
ごめんね
千葉くん
わたしがよく行くコンビニは
しょっちゅうバイトさんが変わる
夜遅い時間になると
無愛想な店長さんが一人で働いてる
いらっしゃいませ
にも
ありがとうございました
にも
何にも愛情がない言い方が嫌いで
夜はなるべく行かないようにしてた
でも
いつからだろう
多分 桜が咲き始めた頃
お花見の後で
ふらっと真夜中にコンビニに
寄ってしまったら
いつも通り店長さんがいた
相変わらず無愛想
その隣に
千葉くんがいた
夜勤の新人さんが入ったんだな
嫌いな店長さんのレジを避けて
千葉くんのレジに向かう
もちろんその時はまだ名前なんて
見なかったんだけど
慣れない手つきで
ひとつひとつ丁寧に袋に入れて
お金を受けとると
大切そうにレジに閉まって
お釣りも1枚ずつ数えて
わたしにそっと渡してくれた
そっと渡してくれたのに
びっくりするくらいの大きな声で
ありがとうございましたーっ
とわたしに言った
それから
夜遅く帰った時も
普通にコンビニへ行くようになった
もう千葉くんがいるからね
あの店長さんのレジに
並ばなければいいからね
いつからだろう
店長さんは見かけなくなって
夜は千葉くんが一人で働いてる
相変わらず
ゆっくりとした手つきで
ひとつひとつ丁寧に袋に入れて
そっとお釣りを渡してくれる
そして
びっくりするくらいの大きな声で
ありがとうございましたーっ
と言ってくれる
千葉くんは慣れてきたようには
見えないけれど
一生懸命 働いている
一生懸命働いている
今日ティッシュペーパーがなくなって
遅い時間にコンビニへ行くと
やっぱり千葉くんがいてくれて
やっぱり丁寧にお釣りを渡してくれて
ティッシュペーパーに
コンビニのシールを張ったのに
袋に入れますか?なんて聞いてくれるから
千葉くん
千葉くん
ティッシュペーパーは
そのまま箱ごと持って帰るから大丈夫だよ
笑って
少し
すこし
ジーンとした・・・
一生懸命
働く姿は
不器用でも
こんなにあったかい
千葉くんがいてくれるなら
また買いに来るからね
そっとお釣り渡してね
わたしもこんな仕事がしたい
もてはやされなくても
有名にならなくてもいいから
丁寧に丁寧に
ひとりの人を大切にする
大きな声でありがとうを伝える
こんな仕事が
していけるよう
明日も頑張るよ
千葉くん
働くって
誰かを幸せにすることなんだ
がんばれ
昨日は今年初めての野球
すごく早く着いちゃった
試合までまだ一時間以上もあるの
まずビールビール
しばらく禁酒してたけど
やっぱりビールは美味しいなぁぁぁ
サラダと唐揚げとお弁当
ちょっと食べ過ぎだけど
美味しいね
楽しいね
あっ と言う間にビールが空になって
もう一度売店へ向かう途中
綺麗な夕焼けが見えた
あ
あれはいつだっただろう
夕焼けの中を毎日歩いてたね
わたし
あの頃は掛け持ちでいろんな事してて
愛犬のお散歩や息子のご飯仕度や
今よりずっと忙しかった
なのに
毎日毎日ウォーキングした
雨の日も風の日も
何かになりたくて
歩いていたら何かになれる気がして
大好きな人がいて
歩くほどその人に近づける気がして
なんで思い出しちゃったのかな
そんな日のこと
いつのまにか歩かなくなって
大好きな人も違う人に変わった
息子は大人になって
愛犬は空へ還って
わたしはもう誰の世話もしなくなった
なのに歩かなくなっちゃった
時間はいっぱいあるのに・・・
お代わりのビールをかかえながら
席にもどると
選手達がウォーミングアップで
飛んだり走ったりしていた
なんてしなやかで
なんて綺麗なんだろう
また
歩きだそうと決めた
何かになるために歩くんじゃなくて
今の自分のまんまで歩きたいと思った
足りないところも
ほめてあげたいところも
みんな
わたし
わたしのままで歩こう
試合開始まであと少し
がんばれ
選手に言ってる振りをして
わたしはわたしに呟いた
がんばれ
桜 咲く道 - まるで少女みたいに恋をする
このブログを書いた時
真理ちゃんは
元気でした
一緒に女優さんを目指していた
わたしたちは
一緒にあきらめて
彼女は東京で優しい旦那さまと結婚して
わたしは故郷で好きな仕事について
お互い
第一希望は叶わなかったけれど
第二希望は叶ったよねー
なんて笑いながら
離れた町で普通にふつうに生きていた
彼女から連絡があったのは
まだ雪が降る二月
脳に大きな腫瘍ができてて手術するの
信じられなかった
そんな大変なことが
わたしの大切な友達に起きるなんて
なんで
なんで
なんで
なんで
わたしよりずっと真面目に誠実に生きている
彼女がなんで
そんな病気になるの?
でもその電話をもらった時は
わたしも体調を崩して入院してて
なんにもしてあげられなかった
彼女の優しい旦那様から
手術の経過をメールで知らされて
成功したよっ
と元気な写真も送られてきて
ホッとしたのに
腫瘍が取りきれていないんだ
この病気と一生つきあっていくんだって
でもうまく薬が効いたら
80歳まで生きられるんだよ
治らない病気と向き合いながら
彼女からの明るいメールが届いた三月
わたし
逢いにいくよ・・・
そして今日
わたしは列車に乗っている
葉桜が残っている東京の景色を眺めながら
列車は彼女が住む街へ向かう
出逢ったのは高校一年生
あのとき真理ちゃん
ローリングストーンズが大好きで
追っかけの時演劇部の稽古さぼって
先輩にものすごく怒られてたよね
わたしはわたしで遊び歩いて
一度部活をやめたのに
声優になるんだって言い出して
急に再入部して
みんなに呆れられたよね
高校卒業して
一緒に暮らして
別々に暮らすようになっても
いっつも仲良しで
泣いたり怒ったり忙しいわたしを
いつも慰めたり励ましたり
時々ため息つかれたり
真理ちゃん
もうすぐ着くよ
わたしたち
もういつ終わっても不思議じゃないくらい
年をかさねた
でも
いつまでも生きててもいいくらい
まだまだやりたいことがある
病気なんて
病気なんかに
あなたは負けない
真理ちゃんの大好きな白い恋人をかかえて
駅に降りたわたしの肩に
桜の花びらが
舞い降りた
わたしの街に
あなたが生まれた街に
これから桜は
満開になる
なんにもなくてもいいでしょ
朝起きて
小雨の中買い物へ行った
もう春
まだ冬
の境い目の街を歩く
なんでもある街の中を
なんにもないわたしが歩く
なんにもない
なんにもない
それって
恥ずかしいのかな
パンと
キャベツ
牛乳
特売のシュークリーム
千円札を出して
いくつかの小銭をもらって
なんにもないわたしが
買い物の袋を下げて街を歩く
わたしにも雨は降る
わたしにも空は拡がる
わたしにも風は寄り添う
わたしにも・・・
あなたは何だってあるじゃない
そう見える友達も
なんにもないかもしれないよ
わたしには何にもない
そう思ってる自分にも
なんでもあるかもしれないよ
なんにもなくてもいい
なんでもあってもいい
そんなことは
ちっぽけなこと
大切なのは
なんにもないと
感じているこの瞬間さえ
わたしは生きてるってこと
パンを焼いて
牛乳を温めて
美味しい朝ごはんを食べられるってこと
今日手に入れたもの
パン
キャベツ
牛乳
特売のシュークリーム
そして
今日のわたしの いのち
なんにもなくても
ほら
世界はここに在るでしょ